既に飛鳥時代から
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 韓国の首都はソウル
 イギリスの紀行作家イザベラ・バードは(1894年から1897年)のあいだに彼女は韓国を旅している
その紀行記の中でソウルの街は悪臭に辟易としながら
「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容し難い礼節上二階建ての家は建てられず、
推定25万人の住民は迷路のような横町の「「地べた」」で暮らしていた」
路地の多くは荷物を積んだ牛同士がすれ違えず、
荷物と牛と人間ならかろうじてすれ違える程度の道幅しかなく、
おまけにその幅は家々から出た個体及び汚物を受ける穴か溝で狭められている (現在でも糞尿は海洋投棄にしている)
(現在アメリカでは韓国からの海山物の輸入を禁止しているO-157が検出されているから)
英国婦人のみた李朝末期の「朝鮮紀行」講談社学術文庫に書いてあるので読みたい方は購入か(各市町村の図書館にあるかもしれません、)
これが日本統治時代に入ると一変するんです、 
近代的なビルが建ち並び
あっという間に東洋有数の清潔で近代的な都市へと変貌するんです、
このようなことをしてきた日本を認めたくないし
弟の身分で(儒教の影響で)こんなことができるはずがないと
信じることはできない人々が現在でも大勢いいます、
1850年の朝鮮半島の人口は750万人だった 
1910年には1320万人に
1930年には1968万人に
1944年には2512万人に
と近代化と作物の収穫が豊作になり人口が増えて安定していることが良くわかります、
しかし韓国はこの様な事実を隠して
侵略だとか
植民地だとか
現在でも被害者意識が強く賠償しろと言っていることが私は許せません、
これだけの事が朝鮮人だけでできたのかといえば絶対にできない 
なぜならば労働がみっともない恥ずかしい文化だとする国民性だからです、
こんな国民のお付き合いするのは
これからは出来るだけ挨拶程度にするべきである


by ccrkasago | 2013-09-12 09:24 | 東 西 南 西 | Trackback | Comments(0)
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