産業革命後
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 昨日は韓国の近代化についてお話をしましたが、
朝鮮は頑なに開国を拒んでいましたが
朝鮮国内でも紆余曲折があり1876年に日本と正式な国交条約を日朝修好条規を結びます、
この時点で朝鮮は開国をして日本へ使節団、留学生を活発に派遣していきました、
主に青年官僚が日本に送られてきたんですが 彼らは日本の近代化の進む様子を見てビックリするのです
横浜から新橋まで鉄道が走っつ驚き 
電気
電信
電話
に驚きます、
さらに学校や病院がどこにでもあることにも驚きます。
教育制度を知り
身分制度のないことを知り
科学技術の導入と発展を知り
近代政治制度を知り
産業や貿易を知ります
彼らは当時の国際情勢を日本からはじめて知ることになります、
ここで日本は朝鮮に新式小銃を献納するんです
近代的な小銃部隊の編成を勧めます
朝鮮はこれを受けて軍を作り日本の軍人を教官として訓練を受けます、
これに旧軍兵士が反発して1882年に反乱を起こして
彼らは王宮を占領し閔氏一派を追放して再び近代国家前の体制に戻ろうとします、
この反乱で日本公使館は全焼してしまいます 
日本は1500人の軍勢を集結させますが清国は3000人の軍勢をソウルに進駐させて
一気に反乱を鎮圧し 
軍隊をそのままソウルに駐留させて 
日本は全く手を出せないままでした
こうして 清国は軍事制圧下に置いたまま、
朝鮮と新たに「不平等条約」を結び外交顧問を派遣して実質的な外交権を握ります
この時の駐留軍司令感が袁世凱です、
清国はこの時点から宗国支配に加えてさらに近代的な帝国支配を行うようになって行ったんですよ、
朝鮮という国は現在でもいろんなところから力を借りながら
政治を行う非近代国家だということが良くわかるとと思います、


by ccrkasago | 2013-10-16 09:25 | 東 西 南 西 | Trackback | Comments(0)
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